東大2000年国語第1問現代文 加茂直樹『社会哲学の現代的展開』

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こんにちは。

本日は、2000年度の東大国語第1問、『社会哲学の現代的展開』について解説していきたいと思います。

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【解答例】

設問(一)
人為が加わろうと加わるまいと全てのものが、それ自体に価値や目的がなく、機械論的に捉えられる点で同様に、自然と呼ばれうるということ。

設問(二)
そもそも価値の有無を想定できるものではないが、人間が生存しやすくなるものという点で価値が生じ、環境保護の対象になる、ということ。

設問(三)
種に属する個を守ると、弱肉強食を主体とする食物連鎖が働かなくなり、そうすると種の生存を守るはずの生態系の安定が崩れるので。

設問(四)
自然という概念はその内容を問題としないが、生態系という概念は内容を伴い、生物群集と非生物的環境を包含した安定した系を意味する、ということ。

設問(五)
環境保護運動で、人類が地球や自然を利他的に守るように語られることがあるが、守るべきは人類の生存を可能にしている地球環境条件であり、この点を認識していないと、論者により環境保護の実践上の重大な差異が生じるので。

設問(六)
aー微妙 bー局地 cー脅 dー維持 eー犠牲

【解説】

まず、本文を一緒に概観して、大きな流れを確認しましょう。

本文全体の概略

一段落、一・二文目、「環境問題」から「環境の保護」へと続きます。「環境問題」がすなわち「環境の保護」になっていることについて、筆者の書きぶりからすると若干疑問を持っているようですが、それは本文で問題となっていないのでおいておきましょう。

で、その「環境の保護」ですが、一口に「環境の保護」といっても、論者によって言っていることが微妙に違うという点に注意を促します。そして、その微妙な違いが実践上の大きな差異になりうる、と筆者の懸念を表明します。これが、本文の最大の問題意識です。

二段落は、そのような、「環境の保護」といっても論者によって言っていることが微妙に違うという問題があることに加えて、「環境の保護」という場合の保護対象としては、「環境」だけでなく「自然」「生態系」という言葉があり、いっそうニュアンスの違いが出て来る、と述べられています。ますます、「実践上の重大な差異」が生じますよね。だから、これらの概念について分析しておこう、ということで、以下の段落に続きます。

三段落から五段落までが「自然」という概念についての分析です。

六段落から十段落までが「生態系」という概念についての分析です。

十一段落が「環境」という概念についての分析です。

そして、十二段落は以上の考察を踏まえて、「環境の保護」という場合の保護すべき対象とは、「人類の生存を可能にしている地球環境条件」であることが述べられます。このような保護すべき対象についての共通した認識を人々が持ってこそ、「環境の保護」における「実践上の重大な差異」がなくなってくるのです。それでこそ、「環境の保護」における様々な運動も有効になりますよね。

「自然」(三〜五段落)

では、三~十一段落の「自然」「生態系」「環境」という概念について詳細を見ていきながら、随時設問の解答をしていきましょう。

まず、「自然」という概念について述べられている三~五段落です。

三段落の内容から「自然」について説明されている部分で、骨子を拾っていくと、「それ自体としては価値や目的を含まず」「因果的・機械論的に把握される世界」「人為と自然の対立はない」となります。ただ、そういう「自然」だと、「自然」とは何でもあり、ということになってしまいますので、何を守ればいいのかわからなくなります。

守るべき自然とは何かという観点から、四段落でそのような何でもありの「自然」に絞りがかけられます。「『自然を守れ』というスローガンに実質的意味を与えるために」、「自然」をより限定的に解釈していくのです。すなわち、四段落の最後に「人間の守るべき自然は、手つかずの自然ではなく、人為が加えられて人間が生存しやすくなった自然である」と書いてある通りです。

五段落は三段落と四段落のまとめです。

さて、以上の三段落から五段落において、三段落の内容をまとめるところに傍線部アが引かれており、三段落から五段落全体をまとめる表現の部分に傍線部イが引かれており、それぞれ設問(一)、設問(二)ということになっています。解説していきましょう。

設問(一)

設問(一)は、「すべての事象は等しく自然的である」とはどういうことか、説明せよ、というものです。簡単にいってしまえば、三段落をまとめればよい、ということです。もちろん、これは本文全体を一度読んだ後で、本文の構造を押さえておくことによって判断することです。そして、要点は、何でもありの広義の「自然」とはどういうものか、筆者の考えを明らかにすることです。

この時、「生態系」との対比を意識できていると、解答がブレません。問四との対比になりますね。要は、「自然」とは、何でもあり、あらゆるものを「自然」ということができるのに対して、「生態系」とは一定の内容を要求する言葉であり、何でもかんでもこれは「生態系」だ、ということはできないのですね。ちなみに「生態系」とはどんな内容なのですか、ということが問題になるのが、問四です。これはあとで。

では、実際に解答を作成していきましょう。解答枠の大きさが縦13.6センチの二行ということから考えると60字強しか書けませんので、どの言葉をチョイスするのか細心の注意をしたいところです。枠を余してもよくないですが、蟻が這っているような小さい文字で解答することもやめましょう。具体的には80字を超えるのは避けたいところです。

まず「すべての事象」ですが、「人間が自然にどのような人為を加えても」というニュアンスを盛り込んでおきましょう。一般に、人間の手が入るとそれはもはや自然ではない、と捉えられがちですが、そうではなく人間の手が入ったものも「すべて」が、という趣旨です。三段落中、この内容に費やされている字数も多いですしね。

次に、「等しく」は、<人間の手が入っているものも入っていないものも>、という前述の趣旨はもちろん、「自然のある状態とかある段階に」という内容も含まれます。ただ字数的に厳しいですかね、この後半部を入れるのは。とはいえできるだけニュアンスを反映させたいのも確かです。

最後の「自然的」は、自然のようなもの、では説明になりませんので、本文で「自然」とはどのようなものか、まとめ的に記してある、前述の「それ自体としては価値や目的を含まず」「因果的・機械論的に把握される世界」を使います。「因果的・機関論的」も説明できればできたほうがいいのでしょうが、文脈上問題になっておらず、また制限字数、および設問に「わかりやすく」といった語句がないところから、このままでよいと判断して解答を作成します。以下の通りです。

設問(一)解答例
人為が加わろうと加わるまいと全てのものが、それ自体に価値や目的がなく、機械論的に捉えられる点で同様に、自然と呼ばれうるということ。

設問(二)

設問(二)は、「(自然は、以上に見てきたように)元来は没価値的な概念であり、人間との関連づけによって初めて守るべき価値を賦与される(と考えられる)」とあるが、どういうことか、説明せよ、というものです。

傍線部の前半は三段落を意味しています。傍線部の後半は四段落ですね。前半については「没価値」であって「無価値」ではない点に注意して解答を作成してください。価値がないわけではないのです。広義の自然は価値があるかないかそういったことを問うものではないという意味で「没」価値なのです。

傍線部の後半は基本的には四段落の最後の一文を使いつつまとめればいいですね。ただ注意してほしいのは、「守るべき価値を付与される」という部分を説明する上で、単に直前の四段落の最後の一文だけでなく、一・二段落で検討した「自然」という概念を分析する趣旨を踏まえ、環境保護の対象になる旨を明確にする必要があります。「自然」ということばの考察は、あくまで、「環境の保護」の保護対象として「自然」という言葉も含まれることからなされているのですから。さて、解答例は以下の通りです。

設問(二)解答例
そもそも価値の有無を想定できるものではないが、人間が生存しやすくなるものという点で価値が生じ、環境保護の対象になる、ということ。

「生態系」(六段落〜十段落)

では、続けて本文を読んでいきましょう。「生態系」という概念についての、六段落~十段落です。

六段落冒頭、「生態系はごく単純には~」、に明らかなように、六段落に端的に「生態系」についてまとめられています。

七段落では、そのような「生態系」の概念から倫理規範が導き出されえるか、という問題提起がなされます。七段落最後の文に「このような、生態系または生物共同体の概念からの倫理規範の導出は妥当であろうか」とあります。つまり、生態系という概念から環境保護運動ができるのか、ということですね。

そのような問題提起に関連し、注意すべき点が二つあり、八段落ではそのうちの一つが説明されています。ここはちょっと受験生にはわかりづらいかなという気がするので、私の言葉に言いなおさせてもらうと、要は、倫理というものは人間だから考えられるものであって、人間以外の、「権利や義務の意識はない」、「責任を問うことはできない」一般の生物集団を含む生態系において、倫理規範を持ちだすのは難しいのではないか、という点です。

九段落では、注意すべき点の二つ目として、「人間社会の倫理」がそのまま「生態系の中で人間がどう生きるべきかを指示する倫理」にはならない点について述べられています。人間社会の倫理を生態系での倫理とするとどうおかしなことになるのか、という点を具体的に説明するのが、傍線部ウの設問(三)ですね。

十段落では、まとめ的に、生態系の概念には「豊かな内容」が含まれつつもそれ自体が価値として人間に特定の倫理を義務付けるものではない、と述べられた上で、その理由と、結局のところ、人間が守ろうとする生態系とは「実は人間の生存にとって好都合な、生態系の特定の状態」であること、とが指摘されます。

設問(三)

さて、では傍線部ウ、設問(三)を解答していきましょう。「個人の生命の尊重という人間社会の倫理を動物の個体に適用することが、かえってその動物種の破滅を招くというようなことも起こりうる」とあるが、それはなぜか、説明せよ、とあります。

この設問(三)は本文全体の趣旨とは関係なく、九段落のみに関係します。解答作成に当たっては、「なぜか」と理由説明問題になっており、もちろん文末は「~から。」でまとめるべきなのは当然です。しかし、「なぜか」に拘るのではなく、「生態系の中で人間がどう生きるべきかを指示する倫理」と「人間社会の倫理(=人間社会の中で人間がどう生きるべきかを指示する倫理)」がどう異なるのか、を明らかにする姿勢で解答を作成するのがよいでしょう。

要点は、「人間社会」においては「個人の生命の尊重」という倫理があるのですが、「生態系」において、<「個」の生命の尊重>、をしてしまうと、「弱肉強食を主体とする食物連鎖」が働かなくなり、食物連鎖が成立しないと「生態系の安定」が崩れ、「生態系の安定」が崩れると、「生態系の安定」によって守られている「種の存続」が危うくなる、という論理をきちんと説明できるかどうか、です。

設問(三)解答例
種に属する個を守ると、弱肉強食を主体とする食物連鎖が働かなくなり、そうすると種の生存を守るはずの生態系の安定が崩れるので。

設問(四)

続いて傍線部エ、設問(四)です。「生態系の概念には、機械論的に把握された自然の概念よりも豊かな内容が含まれているといえるであろう」とあるが、どういうことか、説明せよ、とあります。

傍線部エ自体に「生態系の概念には~自然の概念よりも」ということばがあることから明らかなように、「生態系」と「自然」の対比が、この設問の要点です。そして、「自然」は三段落で見たように、そもそもの、何でもありの、言うならば内容を問わないところの「自然」です。そのような「自然」と対比したとき、「生態系」には「豊かな内容が含まれている」と書いてあります。では、この「豊かな内容」とは何でしょうか。

ここで、けっこうみなさん悩んだのではないでしょうか。「豊かな内容」って何だろう。具体的に書くのだろうか。では、具体的に書くのだとしたら何なのだろう。いや、そもそも具体的に書くのではなく、抽象的にまとめるのではないか。「豊かな内容が含まれているといえる」とはどういうことなのか、それを書けばいいのではないか。設問にも「どういうことか」とあるのであって、「どういうものか」とあるのではない。このようにいろいろと考えたことと思います。

私の考えとしては、やはり、「生態系」と「自然」の対比、というのが要点になります。「生態系」と「自然」はどう違うのか、という点を明らかにすることがこの設問の出題意図である、と考えます。最初に戻りますが、環境保護の対象を考える上での「自然」「生態系」「環境」という概念の分析が本文の基本的構成なのですから。この観点から、本文を精査し、導かれる内容が解答です。具体的にか抽象的にか、という発想で解答をすべきではありません。

さて、何でもありの「自然」に対して、「生態系」は何でもあり、ではありませんでした。例えば、何でもありの「自然」の概念においては、極端な話ですが、今みなさんの手元にあるパソコン、これも「自然」ですよね。ですが、このパソコンを「生態系」というのは無理です。この、パソコンを「生態系」というのは無理、と判断させるところの「生態系」の中身とは何か、という点を本文に求めます。それが「豊かな内容」なのです。そう考えると、そのような「生態系」の中身について書いてあるのは、六段落です。ここをまとめます。

設問(四)解答例
自然という概念はその内容を問題としないが、生態系という概念は内容を伴い、生物群集と非生物的環境を包含した安定した系を意味する、ということ。

「環境」とまとめ(十一・十二段落)

本文の読みは、あとは十一・十二段落です。十一段落は「環境」という概念についてです。冒頭の一文、「環境という概念は、自然や生態系とは異なり、ある主体を前提とする。」に尽きると思います。「主体」とは「人間」ですね。ですから、「環境の保護」とは当然、「主体」たる「人間」を守るためのものになります。

最後の十二段落です。冒頭「以上の考察が正しいとするならば」とある通り、「自然」「生態系」「環境」という概念についての「以上の考察」を踏まえてのまとめです。結局、環境保護において共通するのは、「われわれが守らなければならないのは、人類の生存を可能にしている地球環境条件である」ということです。つまり、「だから、われわれの努力の根本的に動機づけるのは人類の利己主義であり、そのことの自覚がまず必要である。」ことになります。

設問(五)

さて、傍線部オ、設問(五)の解答に入りましょう。「われわれの努力を根本的に動機づけるのは人類の利己主義であり、そのことの自覚がまず必要である」と筆者が述べるのはなぜか、この文章の論旨をふまえて、一〇〇字以上一二〇字以内で述べよ、とあります。

上に示した傍線部オの直前に「だから」とあるので、傍線部オの直接的な理由としては、直前の文の「われわれが守らなければならないのは、人類の生存を可能にしている地球環境条件である」になります。さらに十二段落全体を踏まえ、<環境保護というと地球のためや自然のためというニュアンスを伴うことが多いがそれは違っており>というのも入れておきたいところです。

ただ、設問は傍線部オと言うことができる理由だけを聞いているわけではなく、「と筆者が述べるのはなぜか」を聞いているので、もう少し含みがあります。というか設問が直接聞いているのはむしろこちらです。もちろん、直前の内容も必要ではありますが。

どのような含みがあるかということなのですが、本文の構成がわかっていればそれほど難しくはありません。逆にいえば、それが見えていなければ厳しい。本文全体を俯瞰的に見ることができるというのは、東大受験者にとっては必須の能力です。

本文の構成は一・二段落がしっかり読めていることが大切でした。「環境の保護」において何を保護するのかが、論者によってニュアンスの違いがあり、そこがはっきりしていなければ、実践上の差異が生まれるので、「環境の保護」というときに保護する対象としてよく使われる「自然」「生態系」「環境」という概念について分析しておこう、ということでした。「実践上の重大な差異」が起こらないようにする、という趣旨を必ず盛り込んでおきましょう。

設問(五)解答例
環境保護運動で、人類が地球や自然を利他的に守るように語られることがあるが、守るべきは人類の生存を可能にしている地球環境条件であり、この点を認識していないと、論者により環境保護の実践上の重大な差異が生じるので。

設問(六)

最後に漢字ですね。a微妙、b局地、c脅、d維持、e犠牲、で特に難しいものはありません。一つでも間違えると、ほんの少しですが不利になると思ったほうがよいでしょう。なお、bの誤答として「極地」をたまに見ます。これだと、北極や南極を指すことになるので注意しましょう。

以上

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